ヨーガと禅
今年は、年初から本当に様々なニュースが飛び込んできています。震災・事故・政治・芸能などと各方面で決して良いとはいえない現象に包まれています。
特に震災・事故で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げるとともに、被災された方々へは心よりお見舞い申し上げます。
このブログも、年初に書こうと思っていたのですが落ち着かない気持ちのまま時が過ぎていきました。個人的にも昨年は心と身体が大きく乱れた一年でしたが、それらの経験のおかげでといっては何ですが、自分の考え方や行動の癖と向き合えるきっかけになったようにも感じています。
そんな中、心身のありようの改善に良さそうということで昨年中に新しく取り組み始めたことが二つあります。
時間軸的には身体の面から先に変化が始まりました。それは、昨年の秋ごろ知人の紹介で出会った「ヨーガ」です。先生に教わりながらやっています。今ではほぼ日課となっており、前屈で手が床につかないくらいの体の硬さが改善されてきていたりと、そんな進捗に日々一喜一憂しています。どうやらサーフィンとも相性が良さそうでそれも楽しく向き合えている要因です。
ところで、私がヨーガを始めて本当に良かったなと思う点として、ポーズの習得や柔軟性の向上というフィジカルな面での効果はもちろんですが、教わっている先生の特色に「瞑想」を重視されているということがありました。
はじめはぎこちなかったのですが、教わりながら繰り返しているうちに心が落ち着く時間・空間みたいなものを感じることができるようになってきました。リモートワークということもあり、心が乱れてきたな、疲れてきたな、と感じた時、床に敷きっぱなしのマットにすぐ座って少しストレッチをして目を瞑るということを繰り返しています。雑念も多く、毎度毎度心地良くなれるとは限らないのですがそれでも私にとって大事な時間となっています。
そんな瞑想ですが、何となくもうちょっと深めたいなという思いもあってあれこれ調べているうちに偶然「禅」というものにぶち当たりました。マインドフルネス、という言葉もありましたがまずは禅かなと感じまして、心の面についてはこの禅が何かしら変化のきっかけになりような予感がしています。
そして、ヨーガや瞑想と禅とは根っこのところで深く繋がっていることを知るにあたり、「これだ!」というゾクゾクする閃きもありました。今までそのような感覚に陥ったかとがなかったのでとても不思議な気持ちがしています。
実は鈴木大拙著のその名も「禅」という本が本棚に積んであったので思い立った時にすぐさま手にとって読めた、というのもラッキーだったかもしれません。まさに鉄が熱いうちに打たれたのでしょう。
余談ですが、長年積んできた多くの未読の本たちがいつも心の隅に引っかかっていたのですが、今は報われる思いがしています。この一冊に出会うために積んできたのだ!と言っても大袈裟では無い気がしています。(私のこれまでの生き方からすれば禅に関する本なんて普通買わないですし、なぜそれを買ったのかも今では覚えていません)
話を戻しますと、この本を最近では記憶にないくらいに夢中になって貪り読み、年末年始のお休みも含めて一気に3回読み返しました。それもでまだ足りません。ボロボロになるまで繰り返し読み続けるつもりです。
そんなこちらの本から、冒頭からググっときた一文を紹介しておきます。
・・・なぜならば、禅の意図するところは、常に智慧が眠っている意識の奥底から、その智慧を喚び覚すことにある。
鈴木大拙著「禅」P14
ここでいわれる「智慧」とはいわゆる知識を駆使するような意味合いではなく、心(あるいは脳)の活動のすべての基盤となるようなものを指していますが、その説明になり得る一文も引用しておきます。
・・・プラジュニャー(智慧)はヴィジュニャーナ(知識)に対する。もしヴィジュニャーナををわれわれの相対的に限定された知識を意味するものとするならば、プラジュニャーは最高度の直観に相当する。・・・・
鈴木大拙著「禅」P14
認知心理学的にはまた別の捉え方がありそうですが、根本的にはこの「直観」のあり方が大事なのです。私はこれまで禅について全く別の認識でいました。それは座禅をしストイックな生活をしいわゆる辛い修行を経て如何に「空」(=動じない心)になるかといったようなものでした。実際は少し違うようで、まだまだ理解も覚束ないのですが、この禅の意図するところの何某かを感じ取ることをできた自分にもう少し期待していきたいです。これからも向き合っていければと思います。
私自身、家庭・事業・社会生活などにおいて日々あたふたと悪戦苦闘しがちですが、それらもひっくるめて結局は如何にして生きるかです。ヨーガや禅的なものを通して、大事なのは自分自身の心身のありようだとの気づきが心の底から芽生えてきた2023年後半でした。
まだまだ始めたばかりの段階ですが、これからも真摯に向き合いながら本当の意味での自分というものを立て直していく一年にできたらと思います。